STAP細胞はファルマーの最終定理の証明に匹敵するか?〜ニュースを見て、ヒャクニチソウの実験を思い出した事
トピック「STAP」について
今日は朝から夜まで、新聞もニュースもワイドショーも、「STAP細胞」一色でした。
生物を研究している者としては、生物学の研究が注目されるのはちょっと誇らしかったり、
でも、ジェラシーを感じてしまったりです。
マウスの体細胞を薬品で処理するだけで全能性を獲得した。
受精卵から発生が進むにつれ、全ての細胞に分化する能力ー分化全能性を失っていく
という、発生学の常識を覆した発見と言われています。
ごく簡単な操作で、遺伝子組換えなしに、全能性を持つ細胞を作り出す
という、再生医療の道を大きく切り開く発明でもあります。
しかし、ワイドショーで「ファルマーの最終定理の証明に匹敵する」などのコメントを
聞き、妻から「この人、すごいね〜〜」とか言われると、
「植物ではとっくの昔に知られとるわい!!」と言いたくなります。
そのへん、新聞にも書いてますけどね。
多細胞生物の体は、受精卵が細胞分裂と細胞分化をして作られます。
私の恩師である福田裕穂先生は大学院生だった頃の1980年、
液体培地で培養すると、高頻度に道管の細胞に細胞分化することを見いだしました。
一部の細胞は細胞分裂をせずに、細胞分化します。
これは植物の発生学において細胞分化には細胞分裂が必要という常識を
覆したものでした。しかし、ネイチャーには取り上げられませんでした。
私もこの培養実験をして研究を行いました。
まずバットにバーミキュライトを敷き、水を含ませ、塩素で消毒した種を播きます。
2週間、一定の温度で、タイマーで昼夜を作った蛍光灯の下で、
水を枯らさないよう、水をやりすぎて根腐れを起こさないよう、丹念に育てます。
芽が出て、子葉(双葉)が大きくなり、本葉が生えてきます。
そして14日目。いよいよ培養です。若々しいこの本葉を使います。
こうやって育てた植物は微生物が付いていますので、殺菌しないと、微生物を培養することになります。
そこで、まず、本葉をハサミで丹念に切り取り、塩素で殺菌します。
次に塩素を取り除くため、ビーカーの中の無菌的な水に入れ、ピンセットを使って葉を洗います。
そして液体培地の中に入れ、ブレンダー(ジューサーみたいなもの)にかけて葉を粉々にします。
篩をかけ、遠心分離して、やっと光合成細胞(葉肉柔細胞)を得ます。
これを20mlずつ太い試験管50本くらいに分け、回転培養します。
48時間後、いよいよ道管細胞ができてるかと思ったら、微生物が繁殖しているということもしばしば。
いや、苦労話ではなく、
良いときは50%くらいの細胞が分化します。道管の細胞は縞々の模様を持っており特徴的で、
これが50%もあると気持ち悪いくらいです。
うまくいかないときは20%くらいしか分化しません。
さてこの実験で、なぜこの葉肉柔細胞は脱分化し道管細胞に分化するのでしょうか?
ブレンダーにかけて葉を粉々にすること、機械的傷害が必須や!と
福田先生は言います。
実は、この培養実験は、茎に傷がつき道管が途切れると、傷の周りの細胞が細胞分裂し、
道管細胞に分化して道管が再生するという、以前から知られる現象に基づいています。
ヒャクニチソウの培養実験では、それに加え、塩素濃度も大切だ!という人(誰だっけ…)もいます。
カビや酵母を殺すには十分な濃度の塩素に十分な時間浸さなくてはいけません。
塩素は植物にとっても毒で、やりすぎると死んでしまう細胞もあります。
しかし、そういう時こそ分化率が高い。死なない程度に痛めると分化する。
そう、STAP細胞と同じです。
物理的・化学的ストレスが細胞を脱分化させる。
ということです。
(どうやって?は植物でもよくわかっていません。)
動物の世界では非常識なことでも、植物の世界では常識。
いや、動物ではなくて、哺乳類ですよね。ごくごく狭い分類群に過ぎません。
僕のいう「植物」だって維管束植物という、ごくごく狭い分類群に過ぎません。
地球上にはほとんど研究のされていない、恐るべき「非常識」な生物がたくさんいます。
という、生物の多様性みたいなことを考えました。
「ファルマーの最終定理の証明に匹敵する」くらいの普遍的な発見ではないと思うのですよ。
やっかみですけど。
こうやって騒がれて、大規模な予算がバイオ研究につくのは喜ばしいことだと思うのです。
でも、結果を出せない可能性の高い、常識外れの研究を許せる環境は、今回もアメリカにあった
ことに、目を向けて欲しいなと思う。
追記;記事を読み直してみると、福田先生がすごい発見をしながら、日の目を見ずに消えていった人みたいに取られる気がしました。その後、ネイチャーにも論文を出し、紫綬褒章も受章されている東大教授です。